「寂しさ」は繋がりを感じる事が出来なくなった時に直面する感情

「寂しさ」は繋がりを感じる事が出来なくなった時に直面する感情


私達は日常生活を送る上で感情というものに支配されています。
この感情がある事で、物事を分かりやすくする一方で、逆に複雑にもします。
そんな感情と呼ばれるものには、多くの種類があります。
中でも、喜んでいる様子や、楽しい様子、愛おしいといった感情に困る事はありませんが、怒っている様子や、悲しんでいる様子を目の当たりにしたり、自分が感じたりすると困ってしまう事もあります。
そんな時は、一度その感情の“特性”とその“機能”を知る必要があります。
怒り、不安、不機嫌、悲しみ、悔しさ、寂しさといった扱い方を間違えると厄介な感情を計6回に分けてお伝えします。
今回は「寂しさ」について考えてみたいと思います。

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本来の「寂しさ」が持つ役割

寂しさは、一般的に“孤独”と同義的に扱われる事が多いです。
しかし、孤独ではなくとも「寂しさ」を感じる事も多々あります。
例えば、社内で学校内で知っている人が多いと孤独ではありませんが、意見が合わない人と過ごしていると「寂しさ」を感じる事って多いですよね。
引きこもっていても、ネット上での知り合いがいると寂しさをあまり感じないという方もいます。
なので、

孤独な状況が直接寂しいという事ではなく、「寂しさ」はつながりを感じる事が出来なくなった時に沸き出る感情なのです。

周りに、異性とどんどんと交際を繰り返している寂しがり屋さんっていませんか?
寂しさのあまり物理的なつながりを持つ事を繰り返していても、やはり寂しさを紛らわせる事は出来ないと感じます。
いかに心が通じ合うかという「つながり」が寂しさを解消させるには大事なのかなと考えます。

「寂しさ」に関係する「つながり」とは

「つながり」を持つ事が寂しさを解消させる上で重要になってきます。

このつながりって、持つとなるととても大変な印象を受けますが、実はそうではありません。

高齢化社会が取り沙汰される昨今で、街を歩けば多くの高齢者を目の当たりにします。
公園で世間話をする傍らにゲートボールをしている高齢者なんてのもいますよね。
いわゆる「つながり」を持っている状態と言え、寂しさは感じていないでしょう。
しかし、世間話をしている高齢者が家の場所も、名前も知らないなんていう状況も結構あります。
それでもつながりを持てていて寂しさを感じないという状況が作られているわけです。

まずは、「つながり」は相手の事を何でも知っていて、気の知れた仲間や家族にしか作れないという発想は捨てましょう。

大事なのは、ありのままの自分を相手にぶつける事がつながりを持つ為の第一歩ではないでしょうか。
「こんな事を言っては嫌われるかな」とありのままの自分に蓋をして心を閉ざしていてはつながりを持てません。
高齢者の方に比べ、若者の方が寂しさを感じている割合が大きいのは、この「つながり」を持つという行為が高齢者の方が上手だからではないでしょうか?

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「寂しさ」の扱い方

寂しさを解消させるには「つながり」が重要になってくるとお伝えしました。
しかし、つながりはいつか途絶える事があるという事をまずは頭の片隅に入れておきましょう。
例えば気の知れた同僚が独立していくという状況っていうのもあります。
とても寂しい状況ですが、これは物理的なつながりが途絶えるだけで、これからもつながりは続いていく事でしょう。
素直に喜び、今は物理的な寂しさを感じているだけだと認識するだけで十分です。
色々な事を思い出し一時の寂しさを味わってもいいでしょう。

その寂しさを経験出来るのは、「つながり」を持てていたからです。

次に現れる後輩にも、同じように「つながり」を持つ事が出来れば、その寂しさを解消する事が出来るでしょう。
上述しましたように、いかにありのままの自分をぶつける事が出来るかが寂しさを解消する上で大切になってきます。

常に心が開いている人で、疎外感を感じている人を見た事がありません。

なかなか相手に心を開くって難しいとは思いますが、こう考えてみて下さい。
学生時代の親友は、お互い心が開きあった状態です。
この親友に、「よく心を開いて私のところに来てくれた!」なんて考えないですよね?
意外と心を開いて相手に近づいても、相手は何も思わないものです。
何度も言いますが、寂しさを扱う上では、つながりを持つ事がとても重要です。

「寂しさ」もほどほどに

寂しさに関して注意をしなければいけないことは、寂しいという思いの伝え方を間違えてはいけないという事。
どんなつながりもいつかは途絶えるものです。
上述した独立していく同僚もそうですし、子供が自立していく時もそうです。
ただ、この時に寂しいという思いをそのままありのまま伝えるなら問題はありません。
一言「寂しい」と。
しかし、寂しいという感情を知られるのが嫌で、他の感情に変化させてしまう事も考えられます。
独立していく同僚に、「お前みたいな奴が無理だ!」と言ってみたり、自立しようとしている子供に「まだ早い!」と言ってみたり。

「寂しい」が「悔しさ」や「怒り」に変わっていますよね。

寂しさで相手の足を引っ張るという行為は、どちらにとっても得はしません。
お互いが次のステージに行くためには、寂しさもまた必要な感情で、それを伝えるのもまた重要な事ではないでしょうか。

まとめ

人生は出会いと別れの連続です。
強いつながりを持った人や物との間で、そのつながりが途切れた時に抱く感情、それを「寂しさ」と呼びます。
寂しさには「つながり」が必要で、心で「つながり」合っていると疎外感や寂しさを感じる事はありません。
このつながりの作り方は高齢者になればなるほど上手で、いかに心を開けられるかという事になります。

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