内戦下のシリアで武装勢力に拘束され、日本時間の10月23日7時40分頃に解放されたジャーナリストの安田純平さん。
解放された事に対して、まずは良かったと誰しもが感じました。
そこから少し問題になったのが、
自ら紛争地域に入って拘束されたのだから自業自得だという批判が多くなりました。
今回は、この問題と他の問題でも「自己責任」となるのでは?と感じた事をお伝えします。
事の経緯
まず自己責任論が囁かれるようになった問題として、冒頭でも少し紹介しました、シリアで拘束されていたジャーナリストが解放された事にあります。
フリージャーナリストの安田純平さんは、2015年の6月にシリアの内戦を取材する為に、トルコ南部から国境を越えてシリアに入りました。
しかし、その後の行方が分からなくなり、
その後、
現在、あまりにも安田さんが傷一つ無い綺麗な状態で帰国した事から、自作自演の疑惑も出ていますが、今回は自己責任論に関してをお伝えしますので、その辺りはまた機会がありましたら、お伝えします。
英雄は失敗しないから英雄になる
そもそも自己責任とは、
シリアの危険度は、ある程度考える事の出来る人なら誰でも分かります。
しかし、そこに「知る必要のある情報を伝えてくれるジャーナリストの勇気」と「拘束され身代金を要求されたら税金が使われるという事実」が問題がややこしくします。
確かに、
ただ私は、自己責任と言われる事はある程度仕方のない事と感じます。
その命をかけた取材の対価として、
だからと言って、完全に自己責任としてしまっては、危険な地域を取材してくれる人もいなくなってしまいます。
結局これで困るのは、「自己責任だ!」と文句を言っている私達なので、この辺り本当に難しい問題ですね。
ジャーナリズムって何だろう?
少し話は脱線しますが、今回の問題から「ジャーナリズムって何だろう?」っていう部分をもう少し考えないといけないかもしれないですよね。
どんな国も権力も、ジャーナリストがいないと好き勝手が許される状況になります。
ただ、
現に今回のシリアの問題も、ジャーナリストを上手く利用する事を目的とした問題だった場合、
これってジャーナリズムそのものが土台から崩れているような気がして仕方がない。
ここまでソーシャルメディアが発達した社会なら、例えば、紛争地域の上空からスマホをバラまくだけで誰しもがジャーナリストとなりますよね。
わざわざ、ジャーナリストという職業っていらないのかなとも感じます。
ハロウィンでも囁かれる“自己責任論”
安田純平さんの問題もあったせいか、今年はハロウィンでも「自己責任」が囁かれています。
露出度の高い仮装で人混みに行き、痴漢被害にあった女性が続出したみたいです。
これってシリアの問題と似ていますよね。
決して許される問題ではありません。
しかし、
それでもハロウィンに露出度の高い仮装で繰り出した訳ですよね。
これに対して「自己責任」と揶揄されたようです。
生レバーも“自己責任”でいいのでは?
京都の飲食店で「あかんやつ」という名前で生レバーが販売され、10月29日に逮捕されたというニュースがありました。
もう、
一方、
まとめ
シリアで拘束されていた安田純平さんの話題から、自己責任に関して考えてみました。
今回の人質への身代金として、カタールが3億円の身代金を肩代わりしてくれていると聞きました。
この後、
その武装勢力はまたそのお金で勢力を拡大させるでしょう。
そうなると、またジャーナリストが内情を取材に行かなければいけません。
これをみんながどう思うか、こう考えると、自己責任論が話題になりますよね。
ハロウィンで痴漢をする奴も、人質を取る武装集団も、悪いのは誰かというのは誰もが分かる事なのに、